JAC幼児教育研究所

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「ジュンちゃんのものがたり」 〜ぼくだけのママ〜

2008年4月18日 20:38

もうじき3歳になるジュンちゃんのお母さんのお腹には、赤ちゃんがいます。ジュンちゃんはもうずっと前から赤ちゃんが生まれてくることをとても楽しみにしていて、お母さんの大きなお腹にそーっと触ったり、耳をあててみたり、何やら話しかけたりしていました。

さて、爽やかな5月の朝、目が覚めたジュンちゃんはびっくりしました。お母さんがいないのです。不安になったジュンちゃんがお母さんを探していると、おばあちゃまが来て、夜中にお母さんが急に病院に運ばれたこと、元気な赤ちゃんが生まれたこと、お母さんは赤ちゃんと一緒に入院していて1週間は帰って来られないことを教えてくれました。お父さんはお医者さまで、朝早くから夜遅くまでお仕事です。ジュンちゃんは淋しかったけれど、おばあちゃまとお家で待っていることにしました。

さあ、いよいよ今日はお母さんが退院して、お家に帰ってくる日です。いつもより早く目覚めたジュンちゃんは、嬉しくて、早くお母さんに会いたくて、何度も何度も玄関のドアへ行ってみました。お昼近くになって、窓の外にお父さんの車が見えました。「ママだ、ママが帰って来た!」。ジュンちゃんは勢いよくドアを開け、外へ飛び出しました。お父さんが車のトランクから大きな荷物を出し、こちらへ運んで来るのが見えます。「ママは?」ジュンちゃんがお父さんに聞こうと思ったその時です。お母さんがゆっくりとクルマを降り、こちらへ向って歩き始めるのが見えました。「ママ!ママ!」、お母さんに向かって走り出すジュンちゃん。「ジュン!気をつけろ、ママが転んだら大変だっ。赤ちゃんがいるんだぞ」。お父さんの、大きな声が響きます。「え?赤ちゃん?」驚いて立ち止まったジュンちゃんの目に、白いふわふわしたものを大事そうに抱え、優しい目で見つめているお母さんが映りました。

「あらジュンちゃん、ただいま。お母さんね、赤ちゃんを連れて帰って来たのよ。赤ちゃんのことよろしくね」。お母さんのいつもと同じ優しい声。でもジュンちゃんは、何かが違うことに気づきました。この間大きいお祖母ちゃまが病気になったとき、病院にお泊りしたお母さんは、帰ってくるなりギュッギュッと抱きしめて、ほっぺにキスしてくれたのに、今回はしてくれないのです。

リビングのソファに腰かけたお母さんに近づき、大切な宝物のように抱いている白いふわふわしたものの正体をやっと見せてもらいました。そこには小さな小さなものがいて、手や足を動かしています。「ジュン、ママが抱っこしているのはキミの妹だよ。どうだ、かわいいだろう。ほら見てごらん、こんな小ちゃなおててとあんよ。キミはお兄ちゃまになったのだから、これからは赤ちゃんを可愛がってくれよ、頼んだぞ。それから、ママも病院から帰ったばかりなのだから、大切に優しくしてあげるんだよ。わかったね、キミはお兄ちゃまになったんだからね」。背後からお父さんの声がしました。見上げると、お父さんも優しい笑顔で赤ちゃんを覗き込んでいます。あんなに待っていた赤ちゃんなのに、いざお家に来たら、大好きな大切なぼくのママは、温かい胸もお膝の上も何もかも全部赤ちゃんに取られてしまうし、お父さんまで赤ちゃんのことばかり...。「赤ちゃんなんていらない、赤ちゃんなんて嫌い」。ジュンちゃんの目から涙がこぼれました。

それからというもの、お母さんは赤ちゃんの世話で忙しくなりました。ジュンちゃんはお母さんのお手伝いをし、日に日に大きくなる赤ちゃんとも遊んであげました。ジュンちゃんは、いつもニコニコ笑顔で何でもお話する、元気で聞き分けの良い子でした。「この様子なら幼稚園受験も大丈夫だろう」。夏を迎える頃にはご両親の考えも決まり、少しづつ受験の準備も始めました。

ある日、入園試験に親子面接があるので、一度3人で練習をしてみたいとのご希望を受け、模擬面接をすることになりました。お父さんはダークスーツで、お母さんはグレーのスーツ。そしてジュンちゃんは白いブラウスに、紺のブレザーと半ズボン。少し緊張した面持ちの3人が、面接室に揃って入室し、ご挨拶が終わりました。ところが、ご両親が着席されても、ジュンちゃんだけは真ん中の小さな椅子には座らず、お母さんにかじりついてしまったのです。お名前を聞かれても答えず、お歳を尋ねられても答えず、お父さんやお母さんの促しにも従わず、自分の椅子を蹴ったり、床に寝そべったりとやりたい放題。家庭でも教室でも見せたことのない姿を、面接室で見せ続けました。「あっ、これは!」。直感した面接練習の先生は、さっそくご両親とお話合いの時間を持ち、「赤ちゃんが生まれてから、ジュンちゃんには、お母さんに甘えるチャンスがなかったのではありませんか?」と率直な意見を申し上げました。そして、1週間のうち2日ほど赤ちゃんをおばあちゃまに預かっていただき、お母さんとジュンちゃん2人きりで充分なスキンシップを取っていただくようお願いをして、2週間ほど様子を見ていただくことにしました。

受験日も迫ってのある日、ご両親はジュンちゃんを連れ、2度目の面接練習にご来室されました。ご両親の脳裡には、「また、前の時と同じだったら・・・」との不安がよぎっておられる様子でしたが、ジュンちゃんはいつものニコニコ笑顔でお名前もお歳も、その他のお話も、今回は見違えるように元気に上手にできました。その変貌ぶりには、ご両親もビックリされたほどです。お母さんは面接練習の後、甘えたいのをこらえにこらえ、ついに耐え切れなくなって、先生の前で心の中の訴えを行動に表したジュンちゃんを見て、はじめてその気持ちに気づいたと、涙ながらに話してくださいました。お母さんにとっては2人とも同じように可愛いわが子でも、子どもには「ボクだけのママ」「ワタシだけのママ」なのですね。

このジュンちゃんのような例は数多く見られます。お忙しいとは思いますが、一人ひとりのお子さんと向き合う時間、一人ひとりのお子さんとのスキンシップの時間を、ぜひ作ってあげてください。お母さんのそのちょっとした努力が、子どもの心を安定させ、仲の良いきょうだい関係を作っていくことになるでしょう。幼いお子さんにとって、お母さんはマドンナ(聖なる母)なのですから。
                      

目良紀佐子

〜次回掲載は5月2日(金)の予定です〜